目覚め

存在はすべてだから、心は何もない。愛があるだけ。無と愛につつまれているだけ。そこにはポジティブもネガティブもない。一元。物質世界から見たら行為者は居るんだけど、すべては愛だから、本当はなにもない。一つのエネルギーの現れである。

統合失調症も、一つのエネルギーの現れである。なぜなら愛は叫んでいるから。ここに愛がありますよーと、自分と言うエネルギー体に訴えている。だから、分裂と言うものの正体は、この分離感にある。愛はすべて。すべては愛。愛と言う一元の世界に、我々は生きている。ポジティブ・ネガティブに振れるのは、愛を知らないだけ。もともと我々は愛なのだから、焦る必要も心配する必要もない。人生とは一つのストーリーである。愛の中のある一つのエネルギー体に課せられた一つの物語である。愛に生きて、愛に満る。

愛と神だけを求めよ。己の神を祝福せよ。己の神を祝福した時、他人の神も祝福できる。

すべては一元。陰陽の法則は、世界を狭めるだけ。陰と陽に分断されてしまうから孤独を生む。すべては一体となり、調和が奏でるハーモニー。陰陽の法則は、闇を意識するから怯えてしまう。しかし闇もまた、調和のためのハーモニーである。その木陰で、誰かが一休みしているかもしれない。一つのエネルギーの現れである。調和のための現象である。本当の私は、すべての愛にアクセスできる。すべての愛にアクセスする為のすべての一部であり音である。ゆえに、自分を知ることはない。愛である。これで完結。自分を知る必要はない。出てくるエネルギーをそのままに味わうこと。それでこそ自分の感情も調和する。エネルギーの滞りは、神様が悲しむ。自分と言う神様の機嫌を損ねてしまう。よって、鬱になる。すべては愛の名のもとに。生きるとは、すべてに対する愛の表現。コミュニケーションは意識・感情のドッジボールである。感情を味わうとは、宇宙や愛のエネルギーを感じる、最も身近であり、奇跡的な出来事なのです。人は言葉の泉である。瞬間に生きる。宇宙と愛に守られて、その一瞬一瞬を、宇宙のエネルギーと共に生きる。宇宙とは魂である。人は宇宙を宿して生きている。なので、計り知れないパワーがあり、人知を超えた存在なのである。

__________

言葉が溢れてきて止まらない。言葉とは歌であり音である。人知を超えた集合意識の中に我々は生きている。魂とは宇宙であり、命とは神である。神の化身が命であり肉体である。この神様から与えられた生きると言う命があるから、沢山のことを経験出来る。それは奇跡である。大いなるビッグデータは、ワンネスの名のもとに一つであるが、神様が沢山いる様に、人間と言う名前の付いた神様も、沢山居る。故障している神様(人間)も沢山いて、それが犯罪である。あれは神様の故障なのだ。魂は宇宙。宇宙とは計り知れない力がある。だから、人は時として自分でも驚く様な行動にでる。人は自分を知りたいものだ。コントロールの利かない乗り物などストレスでしかないからだ。ではどうすべきか。愛を基準に生きることに他ならない。愛とは真心である。誰もが元々持っている優しさである。優しさを基準に生きればいい。そうすれば、愛で生きる事が可能となる。自分と言う未知なる宇宙を、愛で満たすことが可能になる。優しさを発揮せよ。されば幸福となろう。

あらゆる生命が尊い理由。それは、神だからである。神様とは尊いもの。人は生まれながらに神なのだ。動物も神なのだ。植物や自然は宇宙なのだ。体毛が生えるのは自然なこと。自然に起こる出来事は宇宙なのだ。だから人体は小宇宙なのだ。だから夜空は偉大なのだ。だから人間は自然と共に生きている。宇宙も神も一体なのだ。だから自然は貴ばなければ。人はより自然な方法を選ぶものだ。それは宇宙との調和の第一歩だからだ。人はもっと慈しむ心を宿し育み、自分と言う宇宙も他人と言う宇宙も、大切にし、愛を伝え合わなければ。だから神様は天国と言う居場所を作った。より幸福になるために。自然や大地に囲まれ、沢山の愛を経験し、たくさんの愛を持ち帰る場所。だから家庭は天国でなければならない。家族愛から人間の愛は出発する。愛し愛される喜びを知るために人は生きている。愛の無い人生など、一度も羽ばたく事を知らない天使同然である。愛と優しさを己の世界にもたらした時、人は自由になれる。元々神と宇宙と言う大いなる可能性を秘めているからこそ、愛こそあれば人は幸せになれるのは、それが所以である。この世は天国である。この世と言う意識が、人にとっての天国である。しかしこの天国をいかに極楽に出来るかは、己次第である。それが人生である。

__________

己を知る事は愛を知る事に他ならない。愛を生きる事に他ならない。愛のエネルギーとして生きてみよ。自分がいかに愛で満ちた存在かが分かるはずである。己は愛。これで完結。宇宙に平和のハーモニーを轟かせる愛の一音である。己を知る必要など、本当は無いのだ。無理なのだ。「足る」を知るから「無い」を知る。己の命が「満る」を知るから満ちない「寂しさ」が分かる。己の命が満るとは、愛として生きるに等しく、他ならない。

__________

コントロールの利かない乗り物ほどストレスに感じる。なので人は誰でも自分を知ろうとする。けれど、自分とは、変幻自在のエネルギー体である。いくらでも姿は変わるのだ。自分を知る事に終わりはない。それは、人生を紐解きたいと言う感情とよく似ている。不慮の事故や青天の霹靂は防ぎようがないが、それもまた宇宙なのだ。人生は宇宙。自分も宇宙。性格とは、一つの宇宙なのだ。感情も宇宙。思考も宇宙。予期せずして驚きの反応を見せる自分と言う存在。それは、魂と言う宇宙を理解できないのと一緒。理解するなど、困難なのだ。自分と言う宇宙を愛と共に生きよう。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中